クロガネ・ジェネシス

第20話 合流 怪植物の部屋
第21話 作戦会議
第22話 開戦 VSオルトムス
目次に戻る
トップページへもどる
感想はこちらにお願いします→雑談掲示板

第三章 戦う者達



第21話
作戦会議



 それは数時間前のことだった。

「いくらなんでも、こんな時間になってまで帰ってこないのってやっぱりおかしいよ……!」

 少女が半ば抗議するかのように声をあげる。

 すみれ色に近い白色のミニスカートから健康的な太ももを伸ばしている白銀火乃木《しろがねひのき》だ。

 トレテスタ山脈の休憩地点にある宿屋。零児達5人が1日宿を取る予定だったところだ。

 時刻はすでに10時を回っている。

「探しに行った方がいいんじゃないかな?」

 両手を後ろに組みながら、トントンとつま先で床をつつきながら火乃木が言う。

「ダメよ。二次遭難の危険性がある。向こうにはディーエさんだっているんだし、そう簡単に遭難なんてするはずないと思うわ」

 そう指摘するのはブリリアントブルーの法衣服に身を包んだ長身の女性、アーネスカだ。

 そうは言いながらも、彼女も零児達の身を案じているのだろう、先ほどから自慢の金髪を人差し指にくるくると巻きつけてはほどいてを繰り返している。

 しかし、今この場にいるのは白銀火乃木と、アーネスカ・グリネイド。そして宿を経営しているラックス・ヴィーカの3人だけだった。

 他に4人の人間が本来ならこの宿にいるはずなのだ。

 彼らが今この場にいないのにはもちろん理由がある。

 彼らと共に旅をしていた馬が2頭ともいなくなってしまったからだ。原因は分からない。

 アーネスカ達は自分達が連れていた馬を探すべく夜の森の中を探索していた。

 アーネスカ、火乃木、ラックスの3人のパーティは、さほど時間がかからず馬を見つけることができた。

 零児、シャロン、ネレス、ディーエの4人の方も恐らくはすぐに見つかる。見つからなかったとしても、1時間もすれば帰ってくるだろう。そういう考えでいた。

 しかし、すでに探索開始から2時間は経過している。これはいくらなんでもおかしい。

 この場にいる全員がそう思っていた。

「これは……何かあったのかもしれませんね……」

 この宿を経営している青年、ラックスが呟くように言う。しかし、何かあったとしても何があったのか考えられる材料は3人の手にない。

 今彼女達にできるのは、無事に零児達が帰ってくることを祈るだけなのだ。

 アーネスカとて、自分達で何かできるのなら行動したいと思う。

 しかし彼女達は、零児達がどのような状況に置かれているのかを知らない。それゆえに手が出せないのもまた事実なのだ。

 なんとも歯がゆくて仕方がない。

 その時、この宿の扉をノックする音が聞こえた。

「? こんな時間に一体誰が……?」

 ラックスは疑問に思いながらも宿の扉を開ける。

 そこにはルーセリアでは珍しい着物姿で、背中に刀を背負っている男がいた。女性としては長身であるアーネスカよりも拳1つぶんほど背が高い。

「すいません。本日はもう営業をしていないもので……」

 申し訳なくラックスが頭を下げる。

「構わない。宿を取るためにここに来たわけではないのだから」

 ラックスの前にいる細身で長身の男は低い声でそう告げる。

「代わりといってはなんだが、白銀火乃木と、アーネスカ・グリネイドという女性がいるはずだが、話をさせて欲しい」

「え?」

 なぜか自分達の名前が出てきたことに驚く火乃木とアーネスカ。

 男はラックスに軽く頭を下げて宿屋に入る。

「あ! 進さん!」

 見覚えのある男に対し、火乃木が言う。火乃木もまた進影拾朗のことを知っていたのだ。

「久しぶりだな。火乃木」

「う、うん。だけど、今日はどうしたの? こんなところにやってくるなんて……」

 普段あんまり合わない進に対して積もる話があるのだろう。何かを話そうかと思考を巡らせた。

「残念ながら、長話をする余裕はない。単刀直入に言おう。零児達は馬の探索の途中で、この森の奥にある古城に閉じ込められた」

「え?」

「ちょ、ちょっと待って! それどういうこと!?」

 進の言葉にアーネスカが反応した。

「零児達が閉じ込められた? 古城? 一体どういうことよ!?」

「質問は1つずつにしてくれ。……言葉通りの意味だ。拙者はお主達にそれを伝えるべく、ここに来たのだ」

「古城ってまさか、キャッスルプラントのことですか!?」

 青ざめた表情でラックスが言う。

「なんなんですかそれ?」

 聞きなれない言葉にアーネスカがラックスに問う。

「今から200年前、植物に関する魔術の研究を行っていた魔術師がいたんです。その魔術師は死ぬ直前に巨大な植物の魔物を完成させたらしいんです。その魔術師の死後、その植物の魔物の存在から古城には誰も入らなくなり、放置されるようになったんです。以来その古城に残された植物の魔物のこと、引いてはその古城そのもののことを、キャッスルプラントと呼ばれるようになったんです」

「そんなところに零児達が……」

「零児達はそこに閉じ込められた。拙者は外側から古城の脱出口を探し、その上でお主達にこのことを伝えに来たのだ」

「進さんは、古城の中には入っていないの?」

 火乃木が疑問に思って進にそう投げかける。

「入っていない。外側からあやつらが古城に入っていく所は見た。しかし、零児達が通った古城への橋は崩落し、拙者は古城へ侵入することはできなかった。やむを得ず、別の出入り口を探すことになったのだ」 「ミイラ取りがミイラになるって可能性もあるけど……」

 アーネスカがホルスターから回転式拳銃《リボルバー》を抜き、残弾のチェックをする。弾は十分装填されていた。それを確認して再びホルスターに銃を収める。

「そこまで情報がはっきりしているなら迎えに行った方がいいかもしれないわね」

「そうだね……レイちゃん達……無事だといいんだけど」

「申し訳ありません。僕達がきちんと管理していれば……」

 ラックスは申し訳なさそうに頭を下げた。アーネスカが連れていた2頭の馬のことだ。仮に馬がいなくなるということさえなければ、このようなことは起こらなかったのだ。

「責任は僕達にもあるわけですし、僕も行きますよ!」

「いえ、ラックスさん。あなたは残ってください」

 キャッスルプラントへ行く気になっていたラックスをアーネスカが静止する。

「え?」

「ラックスさん。確かに責任はあなたにあるのかもしれない。しかし、あまり大勢で行動したからといって見つかるとは限りません。それにこれから向かうのは危険な場所なんでしょう? ならば戦闘に長けた人間が行くべきです。いたずらに行動する人間を増やすことはできません」

「し、しかし……」

 言われてラックスは肩を落とす。確かにラックスは特別戦闘能力があるわけではない。ごく普通の青年なのだ。

「私達は必ずここに帰ってきます。だからそのためにここに残っていてくれますか? もちろん、就寝されていても構いません。これは、私達の問題なのですから」

「とんでもない! 皆さんが帰ってくるのを、心待ちにしていますよ!」

「分かりました」

「よし! それじゃあ、火乃木と、進……さん? って呼べばいいのかしら?」

 初対面の人間に向かってアーネスカが戸惑いながら言う。

「好きに呼ぶがよい」

「そう。じゃあ、何者かは知らないけど、火乃木の知り合いってことなら信用するわ。あたしも進さんて呼ばせてもらうわね」

「うむ……」

「じゃあ、そのキャッスルプラントとやらに向かいましょう!」



「と、まあそういうわけよ。……ハァ」

 自分達がこの古城、通称キャッスルプラントにいる理由を零児とディーエに説明し終えて、アーネスカは軽いため息をついた。

 ここはホールの近くにあった小部屋だ。今までも幾度か零児達が怪我の治療などで使っている部屋だ。

 零児達より探索時間が長かったためか、アーネスカはホールの場所を記憶していて零児がその記憶に付け加えてこの小部屋の場所にたどり着いた。

 火乃木とアーネスカがベッドの上に腰かけ、零児、ディーエ、進の3人が床に座り込んでいる。

 アーネスカがついたため息は、先ほどから途切れ途切れながら幾度となくついているものだった。

 その理由は馬が怪植物こと、キャッスルプラントの餌食になってしまったからであろうことは想像に難くない。

「進さん……いつ俺らの行動を……」

 アーネスカの説明が終わると同時に、零児は進に視線を送る。

 ヘビー・ボア討伐のいざこざがあったとき、進は自らも共に零児達と行動を共にすると話していたにも関わらず、結局一緒に行動することはなかった。

 進は自分から必要な時にしか連絡を取らないので、その逆はないと言っていい。それは進の行動は基本的に1人で行うことが多いからだと零児は解釈している。

 必要なときには零児達の力を借りることはあるし、接触してくることもあるが、必要ないと進が判断した場合は即座に単独行動に移る。それが進と言う人間だ。

 そのため、いつから進が自分達の行動を見ていたのか気になったのだ。

「気にするな……」

 そして零児の質問は大概この一言で一蹴される。

 もっとも、話す気がないなら無理に聞き出そうとも思わないし、神出鬼没なのは零児だって理解しているから別にいいのだが。

「で、この古城に入って探索していたら、あたしらの制止も聞かずに暴れるパルテを見つけて、それを負っている途中で、あんた達と遭遇したって所ね……」

 パルテとは怪植物に食べられた馬のことだ。

「なるほどね」

 適当に相槌を打ち、零児は頷いた。

 ――アーネスカがここに来る過程で、アーネスカはここと外を繋ぐルートを知っている。なら、後はネルとシャロンを連れて脱出すればいいだけの話。

「所で、ネルとシャロンはどうしたの? 一緒じゃないの?」

「ああ、色々あってな」

 零児は簡潔に今自分達がどういう状況に立たされているのかの説明をした。

 ネレスがエルマ神殿で戦った精神寄生虫《アストラルパラサイド》に寄生されていること。

 シャロンが操られたネレスにどこかに連れて行かれたということ。

 この古城に住んでいる人間のこと。その人間が成そうとしていること。

「あの寄生虫……まさかこんなところで遭遇することになるなんて……」

 親指の爪を噛みながら、苦々しげにアーネスカは言う。

 エルマ神殿で友人に寄生され、さらには最高司祭を殺した直接の原因になった存在だ。いい思いなどするはずがない。

 アーネスカの気持ちを理解しつつ、零児はさらに言葉を続ける。

「それにシャロンと、オルトムスのことも気になる」

「行方不明のシャロンと、亜人を滅ぼそうと考えている男、オルトムスか……」

「仮にここを全員無事に脱出することが出来たとしても、あの男がいる限り、俺達と同じような状況に晒される人間が、今後も発生するかもしれない。俺は、この古城そのものを破壊し、オルトムスを役人に突き出すことを提案したい……」

「確かに……色んな意味で放っておくことは出来ないわね……」

「で、でも……」

 今まで黙っていた火乃木が話に割ってはいる。

「行方不明になっているシャロンちゃん。精神寄生虫《アストラルパラサイド》に寄生されているネルさんの2人を探して、ボク達全員無事脱出した上で、この古城をどうにかするなんて……」

「現実的ではない……そう言いたいのね? 火乃木」

「うん……」

 火乃木は迷うことなく頷いた。

「大体、具体的にどうするのさ?」

 う〜ん……。と零児は唸る。具体的にどうするか。確かにそういわれると頭の痛い問題だ。

 オルトムスを役人に突き出すならば、山を下りなければならない。

 この古城を破壊するとしたら、それなりに強力な破壊魔術を使うか、燃えやすいものに火をつけなければならない。

 その上で全員足並み揃えて脱出しなければならない。

 それ以前に、行方不明のネレスとシャロンを見つけ出し、ネレスは精神寄生虫《アストラルパラサイド》の呪縛を解かなければならない。

 問題は山積みなのだ。

「シャロンについては、ネルを助けることが出来れば解決できると思う」

 そう発言したのはアーネスカだった。

「その根拠は?」

 アーネスカの発言の意図を確かめるべく、零児はアーネスカにその続きを促《うなが》す。

「ライカが精神寄生虫《アストラルパラサイド》の呪縛が解けてから、しばらくの間看病していたんだけど、あの子、自分が体を乗っ取られている間も、視覚と聴覚による情報は継続して入ってきていたみたいなの」

「意識はあるのに、肉体の主導権だけを奪われていたわけだよな? ……!」

 零児はそこで気づいた、アーネスカが何を言わんとしているのか。

「気づいたみたいね」

「ああ。つまり、精神寄生虫《アストラルパラサイド》に乗っ取られたネルがシャロンをどこかに連れて行ったのなら、ネルの記憶にもその情報が残っているはずってことだろ?」

「そういうこと。まあ、問題はそのネルをどうやって探すかだから、結局根本から解決するわけでもないけどね」

 そう結局行方不明の人間を探すという課題は残っている。

 この古城はかなり広い。縦と横、恐らくどちらにしても。その中からたった1人の人間を見つけるというのは大変なことだ。

「零児……」

 話に一応の区切りが出来たところで、進が口を開いた。

「この古城をどうにかする件についてだが、件《くだん》の怪植物を焼き払うというのはどうだ?」

「あのバケモノをか……」

 進はそれに対し、頷きで返した。

 その方法は考えないでもなかったが、正体不明の植物と戦うのはかなり抵抗がある。そもそも自分達が敵《かな》うような相手なのか?

「リスクは大きいだろう。しかし、リターンも大きいと拙者は思うがな」

 あくまで無理はするなという遠まわしのメッセージなのだろう、進は短くそれだけ、零児に伝えた。

 零児は立ち上がる。

「なんにせよ、まずはネルとシャロンを探そう! その後に、この古城を灰にするなり破壊するなりすればいい!」

 あれこれ考えていたって、結局答えは出さなければならない。いつまでも考えあぐねているくらいなら行動する。そう思っての発言だ。

「ネルとシャロンを探すってことを最優先にするってのはあたしも同感だわ。だけど、プランはちゃんと決めておくべきよ。進さんの言うあの怪植物を燃やすって案を、あたしは採用したい。そうすれば、確実にこの城を灰に出来るわ」

 多少リスキーではあるけど。アーネスカはそう最後に付け加えた。

「オルトムスについてはどうする?」

 ややドライとも取れる静かな面持ちで進はさらに課題を付け加えた。

「この古城を文字通り根城にしているあの男が、我々の行動を放っておくとは思えん。ここでの会話も奴には筒抜けかもしれんぞ?」

「それについては難しく考える必要はないわ」

 思いのほか明るくアーネスカが返答する。

「降りかかる火の粉は追い払うまでよ。あちらがあたし達と敵対することを望むのなら……だけど」

「そうか……」

「とりあえず……」

 アーネスカがベッドから立ち上がる。

「まずはネルとシャロンを探しましょう。次にあの植物を燃やして、必要によってはオルトムスと戦う。それから脱出よ!」

 アーネスカの提案に誰も異論はなかった。

第20話 合流 怪植物の部屋
第21話 作戦会議
第22話 開戦 VS オルトムス
目次に戻る
トップページへもどる
感想はこちらにお願いします→雑談掲示板

目次に戻る

トップページへもどる